懸賞(その1)   難易度 低
 

 挑戦!
怪奇と戦慄(?) 
下町 浅草 マジかよ! ミステリーツアー

 

                                        
ツアーの実体験(3時間コース)も出来ます!


  東京の下町(浅草寺や三社祭で全国的にも有名な)浅草に伝わる

  謎の伝承伝説
をヒントとしてからめながら、それをもとに目的の

  「美味しい」場所にたどりついていただくという企画です。

  たどりつけば(自前ですが)美味しいものが食べられて、

  賞品までもらえるという趣向です。

  謎の伝承伝説の地をヒントに、管理者が「うまい!」と信じた、飲食店を

  探しだしていただきます。

  従って伝説伝承やそれに関連する旧跡史跡紹介も兼ねています。

  東京にお住まいの方をはじめ、遠方にお住まいの方でも、

  浅草にお越しの節は、是非挑戦して見て下さい。

  文章をたよりに目標を探しだし、美味しいものを食べ、設問に答え、

  賞品をゲットして下さい。(一般の方も参加歓迎)

  では東京下町の怪談・奇談の旅へご出発下さい。




 
各ローソクをクリックして下さい


 @浅草部の浅茅が原鬼婆伝説と現存する石枕
     ・・・とは   

             平安時代以前からの伝承


 A浅草西部の河童伝説と実在する河童の手のミイラ
      ・・・
とは  
 

             江戸時代からの伝承


 B浅草部のからす天狗伝説と火ぶせの榧(かや)
      ・・・とは  
 

             安土桃山時代からの伝承


 C浅草
部の梅若伝説と水神・沈鐘伝説
     ・・・とは    
 

        平安時代からの伝承(梅若伝説)・鎌倉時代からの伝承(水神・沈鐘伝説)



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            目次に
  

             
@都心に謎の河童伝説の地
  近くの寺には不気味な
河童の手のミイラが現存

  川がなくなった今でも、深夜カッパらしき姿を目撃したという噂が
  絶えず。

 東京は下町台東区の浅草地区西部。
 そこの合羽橋は道具街としてつとに全国にも有名だ。
 しかしこの地に秘められた多くの謎を知る人は意外に少ない。

 そもそも、かっぱ橋の「かっぱ」は「合羽」であって「河童」ではない。
 それではどうして合羽橋に
謎の河童伝説が残るのか。
 そしてどうして近所に通称
河童寺(曹源寺)が存在するのか。
 さらには、どうしてこの河童寺には
河童の手のミイラが現存するのか。
 それだけではない。
 かっぱ橋道具街は今でこそ道具街として活況を呈しているが、
 本来ここは新堀川といって、北の山谷堀と南の鳥越川をつなぐ川だった。
 現在新堀川は暗渠になっており、地中を川が流れている。
 つまり道具街通りはこの川の上にあり、店々は川の両岸に立ち並んでいる
 ことになる。

 当時、現在の合羽橋交差点のところに橋がかかっており、
 その橋を合羽橋と称したということである。
 だから現在、実際の橋がないにもかかわらず「合羽橋」と称されるわけだ。

 どうして合羽橋という名がついたのかは
河童寺をご覧いただければ、
 合羽と河童の関係とともに御理解いただけるであろう。
 河童寺には怪奇!河童の手のミイラが現存し、公開されている。
 (現在手のミイラはガラスの扉越しに一般の方でも見ることが出来ます。)


      曹源寺 河童堂 掛け軸

 ところがである!
 深夜、合羽橋附近や河童寺附近で河童らしき影を目撃したという人が
 結構多数いるという噂
(あくまでも噂)がある。
 昼の喧騒とはかけ離れ、夜は不気味ともいえる静けさにつつまれる
 合羽橋界隈。
 そんな中で河童目撃事件は起こっているという。
 酒に酔った人の見間違いか、はたまた幻想か、
 はたまた事実なのかは知らないが、
 「そんなバカな」と一笑に付すわけにも行かない何か妙な現実味が
 この地にはある。
 現在でも河童寺(曹源寺)の河童堂に、新鮮なきゅうりを
 供え、河童に熱心に参拝する人が後を絶たない。

 (訂正:時々そういう人もいる。)

                    

 かっぱステーキ
 さて、その河童寺の門前には、さがみやさんという精肉店がある。 
 ここで販売されている「かっぱステーキ」は美味しくて、
 かっぱ橋の名物となっている。
 どのようなものかは、実際に食べた時のおたのしみということになるが、
 概要だけを説明すると、高級牛肉の断ち端肉をロール状に巻いて、
 幅1cm位の厚さで切ってある。それを三個並べて串に刺したものだ。
 特製ペッパー調味料の小袋も一緒に付けてくれるので、味付けの失敗は
 起こらない。 
 この小袋のペッパー調味料をかけてフライパンで両面を数分ずつ焼いて、
 最後にほんの少々醤油をたらせば出来上がり。
 1個は一口サイズなので、串にかじりついて1個を口にほおばる。
 まず肉の香りとほどよいペッパーの香りが口いっぱいに広がる。
 次にひと噛みすると、あふれんばかりの肉汁がこれまた口中に広がり、
 とろけるように柔らかい噛み応たえを楽しむことが出来る。
 味は表現のしようもないほど美味い。 
 決してお高いものではないので、かっぱ橋に来たら、
 是非一度お買い求めになることをお勧めする。






  
萩原楽一
「甲羅を脱いだ麗人」

かっぱ寺河童堂天井絵より



かっぱ橋のシンボル 河童像
区内循環バスめぐりん
「合羽橋」バス停前の
猫の額ほどの公園の中に
平成15年に建てられました。


  かっぱステーキ (焼く前の状態)

  美味!!
  さがみやさんのカッパステーキ

 さて問題です。 このさがみやさんの向かって右隣りに国旗などを販売する
 会社があります。この店名(社名)をお答え下さい。 
 ご正解者には粗品を進呈いたします。応募方法は下にあります。

 
 ****************************************************************************************************

補足・・・かっぱ寺を訪問(参拝)する方のために 
 
 河童寺では河童の手のミイラや河童絵を公開展示しています。
 ぜひ探検に行って下さい。
 
(探検とはいっても、マナーを守り、信仰に対する崇敬の念は
 絶対に忘れないでください。

 場所は合羽橋交差点より、(道具街と交差する)商店街を、
 一方通行を逆行して進みます。
 最初の信号を越えて約50mほど先の右側です。
 向い側は生花店です。
 実在した合羽屋喜八(川太郎)の墓も見学することができます。
 でも境内の中で、生きた本物の河童と遭遇しないように祈ります。
 生きた河童を見ると縁起がいいといわれてはいますが、
 それは遠くから見かけた場合のこと。
 万一出会ってしまったら、新鮮なキュウリをそっと地面に置いて、
 河童がキュウリに気を取られている隙に、静かに後ずさりしながら
 逃げてください。
 河童に生き胆を抜かれる前に・・・。「くわばらくわばら」(恐)

       
               
                    
A宿を乞う旅人の命をつぎつぎと奪う、
  戦慄の浅茅が原
鬼婆伝説

 
鬼婆が身を投げた「姥が池」の近くに、
 リーズナブルで美味しい和洋メニュー混在の
 フルコースのレストランが・・・

 鬼婆伝説といえば阿武隈川沿いの安達が原の鬼婆伝説が有名であるが、
 東京のど真ん中、浅草にも似たような鬼婆伝説があったことを御存知ですか?
 平安時代以前からの相当古い伝説である。(注@)
 当時の浅草を含む台東区の東半分一帯は、葦が生い茂る湿地帯だった。
 当時は浅茅が原と呼ばれ、ほとんど住む人はいなかった。(注A)

 隅田川沿いの浅茅が原の真ん中(現在の台東区花川戸あたり)に、
 ポツンと一軒のあばら家があり、年老いた老婆と美しい娘が住んでいた。
 道に迷って一夜の宿を乞う旅人を招き入れては、親切に旅人の面倒を見た。
 しかしどういうわけか、寝床の枕だけは硬い石のものであった。
 疲れた旅人がぐっすり寝込むと、天井から吊るした大石を、
 旅人の頭の上に落として頭を潰すという残虐な方法で殺し、
 懐中の金品を盗み取って生活していた。 
 姥がこうなったのにはわけがあった。
 それは初めてひとりの旅人を泊めた晩のことであった。
 親切にもてなされたその旅人は、深夜に隙を見て、幼い娘に不埒な行為に
 及んだのだ。
 それに気付いた姥は、旅人を鎌で切り刻んだ。
 幼い娘を傷つけられ、姥は鬼と化したのである。
 その後は、一夜の宿を乞う旅人をことごとく殺しては金品を奪い、
 その死体は裏手の池に捨てていた。
 娘は姥の度重なる悪事に胸を痛めていたが、姥は旅人を殺すことに
 何の感傷も持つことはなかった。


   おおコワッ!
  鬼気迫るリアル鬼婆
 2003年11月1日〜12月14日
 たばこと塩の博物館  大見世物展 生人形

 ところが999人の命を奪い、次は1000人目という時に、
 近くにあったお寺(現在の浅草寺)の観音様の力で、
 鬼婆は悔やみ苦しみ、池に自ら身を投げて果ててまった。
 その池の名残が今も残っている。物語の詳細

 恐らく鬼婆の一軒家もこの池の近くにあったのであろう。
 しかも旅人を殺害するために使った石枕が、観音様を祀る浅草寺
 今でも残されている。(浅草寺の子院妙音院所蔵:非公開) 

 また浅草寺内には、江戸時代後期の有名な浮世絵師である
 歌川国芳の
「一ツ家」の巨大天井絵馬が奉納されている。
 (以前は公開していたが、現在は非公開。
 管理人は公開していた頃に現物を何回も見た。)
 その絵馬(下)にもこの伝説の様子が描かれている。



 (注@)物語の体系が出来上がったのは室町時代の頃と思われるが、
  当時、物語の基礎となった伝説がすでに存在していた可能性があり、
  その伝説の発生は、浅草寺開山直後の様子から、
  奈良時代以前まで遡る可能性もある。 
  その頃は、浅草付近が東京湾に注ぐ、隅田川の河口であったと思われる。

 (注A)江戸時代になると開発が進み、浅茅が原とよばれる場所は、
  隅田川のもっと上流の、現在の台東区清川付近に限定されるようになった。

                 


    歌川国芳 作  「一ツ家」 (浅草寺所蔵)

 雷門・宝蔵門から浅草寺の拝殿に突き当ったら右に向かう。
 左側に
浅草神社(三社様)の鳥居を見つつ、更に進むと、
 浅草寺の東の門である二天門がある。この門をくぐり信号を渡る。
 左角は都立産業会館・台東区民館の大きな建物である。

 そのまま10mほど東に進むとすぐ左側に、花川戸公園という公園がある。
 通りを隔てた向い側は浅草小学校だ。

 この公園の中に、鬼婆が身を投げたという「姥が池」がある。
 現在は当時の何十分の一という大きさであろうし、
 児童公園の池らしく整備されているので、当時の面影は全くないと思われる。
 しかし明治の中ごろまではこの池は当時の姿に近い形で残っていたのである。
 (明治24年にほとんどが埋め立てられた) 

 そんな姿の現在の姥が池であっても、1300年もの昔に、邪悪の主が
 身を投げた池の名残かと思うと、何か悠久の深淵に引きずりこまれそうな
 気持になる。



 この池を左手に見ながら、来た道をさらに進むと、
 江戸通り(国道6号線 水戸街道)の信号に出る。
 (建物の陰で直接は見えないが、目の前は隅田公園をはさんですぐ隅田川)
 江戸通りを北に向かって左折し、100mほど進むと
 言問橋西詰の五差路交差点に出る


  言問橋
 この橋の名称は、在原業平をモデルにしたといわれる平安時代の伊勢物語の
 「東下り」に出てくる話が元になっている。
 ちなみに、当時は京都が都だったから東京方面へは「下る」ということに
 なる。 そこで、在原業平が京の都からはるばる隅田川あたりまで
 やってきたところで、都に残してきた妻のことが気になり、
 都という名前をもっている「都鳥」(ゆりかもめ)なら知っているかもしれない
 という思いを詠んだのが次の歌だ。

 「何し負わば いざ言問わん都鳥 吾思う人はありやなしやと」


 聞いても無駄だと分かっていながら「都鳥」に聞かずにいられないほど、
 妻のことが心配で心配でたまらないといいながら和歌を詠んだ場所と
 いわれている。
 それが言問橋の名の由来である。(この橋を渡るとすぐ右側に牛嶋神社がある。)

 さてこの交差点の信号を渡ってから、
 左折して言問橋とは逆の方向に(言問橋を背にして)進む。この道は
 言問通りである。
 交差点から二本目の路地を、車の一方通行に従って右折する。
 右折して20m先の右側は藤浪小道具という会社で、舞台や映画に
 時代劇などの小道具を貸し出す小道具屋さん。その業界では超有名な会社だ。

 その会社の向い側にこのレストランはある。
 ここは浅茅が原の鬼婆の伝説とは正反対の、清潔で明るい雰囲気に満ちて
 いる。
 その中でも実に楽しいのは、ディナーコースの中に、和食と洋食が
 混在していることだ。
 お通し、新鮮なお造りの後にグラタンが出てきたり、ステーキが出てきたり、
 美味しさ楽しさをを二倍楽しめる。しかもコースは3000円程度から注文を
 受付けてくれるから嬉しい。
 実にリーズナブルで美味しい、評判の下町高級レストランだ。
 浅草に来られたら一度訪ねることをお勧めします。
 (ランチタイム後休憩に入り、午後5時半よりディナータイム。月曜定休)

 さて問題です
 
このお店の店名を当社にお知らせ下さい。正解者には粗品を進呈いたします。
 応募方法は下。



               
                   
B大昔の拉致誘拐事件梅若伝説と謎の水神伝説の舞台で、

本格的イタリア料理を満喫できる居酒屋が・・・!?

 ここは東京都墨田区。
 本格的イタリアンといえばフレンチほどでないにしろ、やや敷居が高いもの。
 彼女とのデートでも、本格的イタリアンは財布の中身がチョット心配。
 ところがここは違〜う!本格的なイタリア料理をつまみに
 チューハイでもワインでもビールでも飲める、気楽な下町のイタリアン居酒屋
 なのである。
 もちろんプライスもイタリアレストランよりはずーっとお手ごろ。
 料理は素材にこだわった、本格的イタリア料理。非常においしい! 

 さて場所だが・・・
 謡曲「隅田川」でおなじみ、
梅若伝説を御存知であろうか。
 いわば大昔の誘拐事件であるが、母子の悲しい物語である。
 この伝説ゆかりの史跡が台東区の浅草北部と墨田区にある。
 台東区側は浅草北部の橋場妙亀塚
(梅若丸の母の墓と言われている)
 子を失った母は、総泉寺の近くに庵を建てて尼となって暮らした。
 しかしやがて近くの池の水面にうつる梅若丸の幻影に引き込まれるように池に
 身を投じた。
 その時、不思議なことに多くの奇妙な亀が現れて、遺体を水の上に浮かび
 上げた。
 それ以来母は妙亀尼と呼ばれ、妙亀大明神として、妙亀塚に祀られている。
 この塚の隅田川対岸、やや上流に、梅若伝説ゆかりの木母寺

 (木母とは梅の字を分解したもの)
と梅若塚がある。 
 
 隅田川に沿って何百メートルも連なる集合住宅は、
 隅田川沿いの公園から墨堤通りに通り抜けできるようになっている。
 この集合住宅の1階を通り抜けて墨堤通りに出て、
 左に進むと立体交差の信号がある。
(左折すると水神大橋)
 この信号を右折してやや進むと東武伊勢崎線の鐘淵駅が左側にある。
 この踏み切りを越え、さらに50mほど商店街を進んだ左側にこの店はある。


    長昌寺の梵鐘 裏に沈鐘伝説の銘文が刻まれている

 なお梅若伝説とは別に、この地の地名の由来が語られている。
 鎌倉時代後期、梵鐘を対岸の墨田村から浅草北部の今戸長昌寺まで、
 隅田川をイカダで運ぶ際、隅田川の真ん中で、にわかに空がかき曇り、
 真っ暗になって大雨大風となった。
 梵鐘を固定した綱が次々と切れ、梵鐘は川に沈んでしまった。

 後年、その鐘を何度も引き上げようと試みたが、そのたびに川が荒れ狂う。
 それでも勇敢な若者が川底に潜って、梵鐘に綱をかけようとしたが、
 梵鐘の吊口に彫られた龍が動き出し、噛み付くやら引っかくやら。
 ほうほうの体で若者たちは水面に逃げ戻った。
 隅田川に住む水神がその梵鐘を気に入ったため、
 水神に引き上げを阻まれたのである。
 その後もとうとう引き上げが叶わなかった。
 今でも梵鐘は水神に愛されながらこの淵で静かに眠っているということで
 ある。
 だからこの地を「鐘ケ淵」と呼ぶようになった・・・とのことである。

 池波正太郎の有名な小説「剣客商売」の中で、主人公の無外流の達人、
 秋山小兵衛が、粗末な住まいを建て、40歳も年下の女房おはると住んだのも
 この地である。

 その水神は、現在も
隅田川神社に祀られている。
 現在その地名は「堤通」とか「墨田」とか味気ない地名になってしまったが、
 東武線の駅名として現在もその名を残している。



 話を店に戻すと・・・この店の正面は中規模の病院なのでこれが目印になる。
 一度この店で飲んで食べるてみることをお勧めする。
 気軽で美味しくて必ず御満足していただけると確信する。
 鎌倉時代からの水神伝説や平安時代の梅若伝説に思いをはせながら、
 現代のイタリア料理に舌鼓を打つのも一興。是非この店を探し出してみて
 ください。
 (火曜定休、ランチタイムあり。平日は17時からイタリアン居酒屋タイム)


 
さて問題です
 このお店の店名を当社にお知らせ下さい。
 御正解者には粗品を進呈いたします。


                   
                           

C実在した!?からす天狗
 榧寺(かやでら)住職との約束

 江戸幕府が開かれる直前のこと、浅草南部の隅田川沿いの街道に正覚寺という
 寺があったが、
 庭に大きな
(かや)の木があり、秋には沢山の実をつけるので、
 皆はかや寺と呼んでいた。

 そこの住職がたいそう碁が好きで腕自慢だった。
 ある日、その噂を聞きつけたという大柄な山伏の男が、和尚との対局を乞うて
 寺にやってきた。
 そこで山伏が、「自分がこの勝負に勝ったら、このかやの木を貰うが
 どうか?」と和尚に話を持ちかけたところ、腕に自信のある和尚は、
 負けるわけがないと思い、申し出を快諾した。
 ところが結果は和尚の大負け。
 山伏はそのまま帰って行ったが、この年の秋は全くかやの実がならなかった。


 

その冬、またあの山伏が現れて、
「私は遠州の秋葉山で火渡りの修行をつんでいる山伏だが、
去年の約束通りかやの木の精を秋葉山に運んだ。
そのお陰で秋葉山のかやの実がたくさん実り、
仲間の修験者たちも喜んでいる。」と言い、
そのお礼にと1枚のお札を和尚に渡した。

このお札は火事の災難を払うことが出来るという。 
また「かやの木に何か異常が起こった場合、
それは火災の予兆だと思って気をつけるように。」と言い残して
姿を消した。
空を見るとはるか彼方をからす天狗が飛び去って行った。
お札には遠州秋葉山火よけの神と記され印が押してあった。

ある日かや寺のかやの木の大枝が折れた。
これは火災の前兆に違いないと和尚が心配していると、
案の定近くから出た火が寺に燃え移り、かやの大木も燃えて
しまった。
和尚はかやの木の燃え残りの幹で、秋葉山の火伏せの神を彫り、
このお札とともに厨子に祀った。
  8年後にまた大火が発生し、立て替えた寺にも火が移った。
 その時、和尚はその厨子を中庭に運び出し、一心に祈った。
 すると寺の高い屋根のてっぺんに、あの山伏が突然現れ、
 ふりかかる火の粉を次々になぎ払った。
 それは燃える炎を背にして、まるで鬼か神の舞のような不思議で力強い
 姿だった。
 山伏が火を振り払うと、燃え盛る炎はみるみる鎮まった。
 そして立ちのぼった黒い煙はそのまま雲となり、大粒の雨を降らせた。
 こうして寺をはじめ寺の周囲は火災から免れることができた。
 屋根を見上げるともう山伏の姿はどこにもなかった。

 あの山伏は秋葉山の火伏せの神の化身に違いない、
 と皆で手をあわせて感謝した・・・そうな。
 


 一説には、かやの木から大量の水が発し、
 火から寺や民家を守ったという記述もある。
 しかしこの説だと、巨大なかやの木は、
 その8年前の火災ですでに大部分が焼けており、
 残った部分は和尚が彫った秋葉山の神の木像に
 なっていたわけで、話の辻褄があわなくなる。
 あるいは何本もかやの木が植わっていて、
 焼けたのはその内の1本だけだったのか・・・。
 まあ伝承だから細かい話はいいか・・・

  

  現在のかや寺

 「マジかよ!ミステリーツアー」懸賞 応募方法

 上記のヒントだけで、上記@ABいずれかの店までたどり着けた方は、
 その設問の答えを当社まで
メールでお知らせ下さい。

 答えは
3店舗のうちどれか1店舗だけでも結構です。
 貴方の郵便番号・住所・氏名もお忘れなく。正解者には粗品ですが
 下記の賞品をお送りします。

 浅草秘宝発見と合わせて、ご応募総数が月間11件を越えた場合に限り
 月末抽選により毎月10名様までに進呈

  (お得意先に限らず、一般の方の挑戦も歓迎します。)

 個人情報は賞品送付の目的以外には一切使用せず、
 賞品発送後は廃棄します。 この懸賞の主催者
  

  この問題のご正解者には粗品を進呈いたします。
  
 
           目次に          

                                       

                                  

                  
  実践 浅草ミステリーツアー
 もし上の@〜Cのスポットを全て見て回ると3〜4時間の行程です。
 
ミステリーツアーバス?

 レトロ調で可愛い台東区循環ミニバス「めぐりん」を
 
ミステリーツアーバスに見立てて、休日などに・・・


 浅草伝承ミステリーツアーを
  実体験なさってみませんか?


 めぐりん(ミステリーツアーバス)を利用する場合、スタートは以下の各駅から可能です  

 出発可能駅
 
  @JR上野駅(浅草口) A地下鉄日比谷線 仲御徒町駅 BJR浅草橋駅(西口)
  
C都営地下鉄大江戸線・つくばエクスプレス 新御徒町駅
  
D都営地下鉄大江戸線 蔵前駅
 ←大江戸線から下車したら、かや寺を見学後にめぐりんにご乗車下さい

 上記の駅で下車して、台東区循環バス南めぐりんの停留所をお探し下さい。
 駅から徒歩2〜3分と、停留所が駅からやや離れている場合がありますので、
 迷う前に駅員や交番や地元商店の人にお聞き下さい。
 めぐりん一日乗車券を購入すれば全行程300円で済みますので、一日乗車券をお買い下さい。


 (1)はじめに

 JR上野駅、地下鉄日比谷線 仲御徒町駅、都営地下鉄大江戸線・つくばエクスプレス 新御徒町駅、
 JR浅草橋駅からスタートの場合、上記の各駅から台東区循環バス 南めぐりんにご乗車下さい。
 各バス停は駅から徒歩2〜3分の、やや離れた場所にありますので、自分で探すより、
 各駅の駅員さんや地元の人に聞いたほうがすぐに見つかり、確実です。
 めぐりんに乗る際に「一日乗車券」と言って300円を払い、一日乗車券を受け取って下さい。

 めぐりん「大江戸線蔵前駅」停留所に向かいます。


 (2)最初のスポット 
 秋葉山の火伏せの神と住職が碁を打った かや寺  地図

 南めぐりんバス停bP4の「大江戸線蔵前駅」で下車。そこは国際通りと春日通りの交差点ですので、
 春日通りを厩橋(隅田川)方面に向かうとすぐ右側が、秋葉山の火伏の神と住職が碁の対局をした
 「かや寺」です。
 見学が終わったら、また降車したときと同じバス停に戻ります。


 次はめぐりん「合羽橋」停留所に向かいます。
  
かや寺から
 
   バスの車体色は
   異なる場合があります
南めぐりん
蔵 前

四つ目
南めぐりん
合羽橋
 
曹源寺(かっぱ寺)河童堂へ

 (3)二番目のスポット 
 河童の手のミイラがある かっぱ寺(曹源寺) 地図

 また南めぐりんに乗ります。
 四つ目のバス停bP8「かっぱ橋」で下車。
 バス停の目の前のミニ公園に右の河童像があります。
 ミニ公園に向かって右手(バスの進行方向)すぐのところが合羽橋の交差点(信号)です。
 そこの信号(合羽橋)を左折して、商店街を西に進んでください。
 (「合羽橋」の信号を右折すると左側に当社があります。) 
 最初の信号を越えて50m先右側がかっぱ寺です。(合羽橋から計約200m)
 かっぱ寺の参道を抜け境内に入ると、右側に河童堂があります。
 河童の手のミイラは河童堂の中に安置してあり、ガラス越しに見ることが出来ます。

 参道を出て、右斜め向い側の精肉店「さがみや」さんのカッパステーキは絶品といわれ、
 この界隈の名物となっています。お土産にいかがでしょうか?

 さてかっぱ寺の見学が終わったら、先ほど降車しためぐりん「合羽橋」停留所まで戻り、
 また南めぐりんにご乗車いただきます。

      


 次はめぐりん「二天門」停留所に向かいます。
 (合羽橋から二つ目の停留所で北めぐりんに乗り換えです。)

  
かっぱ寺 から
 





バスの車体色は
異なる場合があります








南めぐりん
合羽橋
 







 

二つ目








南めぐりん
生涯学習
センター北
乗り換え
(同じバス停)
    

北めぐりん
生涯学習
センター北








八つ目








北めぐりん
二天門







 
 姥が池 と 
 
  浅草寺 ヘ


 (4)三番目・四番目のスポット 
 一つ家の鬼婆が身を投げた 姥が池地図 と 石枕が残されている 浅草寺地図

 先ほど降車したかっぱ橋バス停よりまた南めぐりんに乗ります。
 二つ目のバス停bQ0「生涯学習センター」で下車。
 (手前に「生涯学習センター」という似た名称のバス停がありますので、お間違えのないように・・・)
 かっぱ橋から生涯学習センターまでは、直線で徒歩わずか5分程ですので、
 バスを待つよりは歩いても大したことはありません。
 (歩く場合、「生涯学習センター」バス停は言問通りの信号を越えた左側で、
 かっぱ橋より三つ目の信号の先になります。)

 「生涯学習センター」バス停で
北めぐりんに乗り換え出来ます。
 (ここは南めぐりんと北めぐりんと同じ共用のバス停です。)
 「生涯学習センター」バス停から、北めぐりんで八つ目のバス停bQ9「二天門」で下車します。
 角に都立産業会館台東館という大きな建物がありますので、
 そこを浅草寺二天門とは逆の方向(隅田川方面)に進むと、すぐ左側の児童公園の中に
 姥が池があります。歌舞伎で有名な助六歌碑もあります。
 姥が池見学後は二天門をくぐり、浅草寺や浅草神社を参拝なさって下さい。
 (以前は浅草寺本堂の天井に歌川国芳の
 「一ツ家」の巨大天井絵馬が、他の多くの巨大絵馬とともにかけてありましたので、
 開扉時間でしたら誰でもいつでも見ることが
 出来ましたが、現在、天井絵馬は全て五重塔の宝蔵に保管されており、特定の公開日以外、
 一般公開はされていないのが残念です。
 石枕も特定日以外は非公開です。)また降車したときと同じ二天門バス停に戻ります。

 
次はめぐりん「今戸二丁目」停留所に向かいます。
 
姥が池・
浅草寺から

  バスの車体色は
  異なる場合があります
北めぐりん
二天門

七つ目
北めぐりん
今戸二丁目
 長昌寺
長昌寺へ


 (5)五番目のスポット 
 対岸から梵鐘を運ぼうとして水神に邪魔され運ぶことができなかった(?)
  
長昌寺(地図参照)

 先ほど下車したbQ9「二天門」バス停から、またまた北めぐりんに乗ります。
 今度は七つ目のバス停bU「今戸二丁目」で下車して下さい。
 長昌寺はバス停からすぐ近くです。
 バス停を降りたら、目前の信号を右折して隅田川方面へ向ってください。
 二つ目の路地を右に曲がった右側に入口(山門)があります。 (地図参照
 鐘ヶ淵の水神沈鐘伝説との関連は定かではありませんが、こちらの梵鐘には、
 沈鐘伝説の銘文が刻まれています。
 鐘突き堂で、その銘文を実際に見ることができます。
 次の妙亀塚までは、ここから徒歩で約5分です。


  
長昌寺から
長昌寺→
(徒歩5分
→ 妙亀塚
妙亀塚へ


 (6)六番目のスポット 
 梅若丸の母である妙亀尼の墓といわれる 妙亀塚 (地図参照)

 これまでめぐりんが進んできた道を、そのまま更に北に向かって300mほど歩き、
 右手に折れると妙亀塚公園があります。
 この公園の中に梅若丸の母の墓であると伝承される妙亀塚があります。
 この公園はわかりやすい場所にありますが、ご自分で探すよりも、早めに地元の人に場所を聞いたほうが、
 早くて確実に行き着くことが出来ます。
 今戸二丁目から明治通り方向に約300m歩くと、右側に三河屋という酒屋さんがあります。
 その路地を右に折れるとすぐに妙亀塚があります。
 そのあたりで、地元の人に「妙亀塚公園はどこですか?」とお聞きになって下さい。
 
    
 

 台東区循環ミニバス
     「めぐりん」

 南めぐりんと北めぐりんと
 東西めぐりんの3系統(路線)が
 あり、
 南めぐりんと北めぐりんの両路線は
 「生涯学習センター」のバス停で
 ジョイントしています。
 上記以外の色のバスもあります。
 
料金は一人一回100円です。
 路線乗り継ぎは乗り継ぎ券(無料)を
 車内で貰えば、無料です。
 お得な一日券(300円)も
 あります。
 



白髭橋を渡って
川路沿いに
北上すれば
木母寺


 











 余談・・・
 剣客商売の秋山大治郎が道場を営んだ場所は?明治の中期まで、明治通りは思ひ川と呼ばれる川で、
 現在の白髭橋の所で、隅田川(大川)に注いでいました。
 道場の場所は●の真崎稲荷神社と東京ガスのガスタンクの中間よりやや大川寄りの場所だと思われます。


 一応ここでツアーは終了ですが、この後、健脚自慢の方にはツアーを続けていただくことが出来ます。
 長昌寺沈鐘伝説の水神の祀られた隅田川神社や梅若丸ゆかりの木母寺にお向い下さい。
 妙亀塚から木母寺まで徒歩20分程かかります。





 妙亀塚でツアーを終了なさる方は・・・

 妙亀塚でツアーを終了なさる方は、
 先ほど降車した、北めぐりんバス停bU「今戸二丁目」まで戻って、またまた北めぐりんにご乗車下さい。
 乗車約10分で「三ノ輪駅前」に着きます。ここから地下鉄日比谷線三ノ輪駅にアクセスします。
 また三ノ輪駅前から更に5つ目のバス停「鶯谷駅」からは、JR山手線 鶯谷駅にアクセスします。


妙亀塚→
 
(徒歩4分
 

 
北めぐりん
今戸二丁目

約10分
北めぐりん
三ノ輪駅前

約10分
北めぐりん
鶯谷駅
地下鉄日比谷線に
アクセス
JR山手線・京浜東北線に
アクセス




 さらにツアーを続けられる方は・・・
 (7)七番目・八番目のスポット  
   沈鐘伝説の水神が祀られた 隅田川神社  地図 と
 
   梅若丸を偲んで建立された 木母寺と梅若塚 地図 へ
 
妙亀塚→
(徒歩20分
→ 隅田川神社→ 木母寺・梅若塚→
(徒歩5分
東武伊勢崎線
鐘ヶ淵駅
   詳しい地図で見る

 今戸二丁目バス停から妙亀塚に向かったあの道を、
 さらに約200m北上すると明治通り(大通り)に出ますので、そこを右折します。

 そこから約250m歩くと隅田川にかかる白髭橋があります。
 橋の手前左側に、池波正太郎の小説「剣客商売」で、
 秋山小兵衛の息子秋山大治郎が営んだ小さな道場のすぐ隣に
 あったという真崎稲荷(石浜神社)があります。

 白髭橋を渡ると左前方に、白くて大きな防災集合住宅が長蛇如く隅田川に沿って左方向へと
 延びているのが見えます。
 (右側にはバーミヤンなどがあります。)その防災住宅の手前に、隅田川に沿って公園があります。
 (隅田川と防災住宅にはさまれて、公園はやはり左手方向に続いています。)

 明治通りから左折してその公園に入り、約300m進むと左側に沈鐘伝説の水神が祀られた

 隅田川神社があり、さらに約150m程すすむと左側に木母寺と梅若塚があります。 
 健脚で早足の方でしたら、妙亀塚から隅田川神社まで12〜13分程度です。(通常17〜18分)



 
 木母寺から帰路は、防災住宅は通り抜けられますのでここを通り抜けて墨堤通りに出て、
 そこを左に進み、約50m先の最初の信号を右折。
 右折して約200m先の左側に東武伊勢崎線の鐘ケ淵(かねがふち)駅があります。
 鐘ケ淵は長昌寺沈鐘伝説に由来した地名です。
 ここから、北千住駅または浅草駅に出ることが出来ます。

 楽しい半日をお過ごしください!

 
御注意
 各寺院とも昼間の時間帯で開門さえしていれば、特に許可がなくても見学や参拝は
 (お寺の迷惑にならない範囲で)問題ないと思います。
 その場にもしお寺の関係者の方がおられたら、見学の許可をもらって下さい。
 檀家以外の一般の方も境内の見学や参拝は自由に行えるとは思いますが、
 必ず許可をもらえると保証するものではありません。あらかじめ御了承下さい。
 対象は宗教的施設ですので、見学の際は崇敬の念をもって慎重・静粛に行動し、
 お寺や施設に決して迷惑がかからないようにして下さい。


           目次に                   
 


                                       
 
                           
      

 

浅草と本所の位置関係(上が北)



   
    
1957年 映画化時のポスター
実際の本所七不思議とは
内容が異なっているようです
 

もし上記の錦絵がスライドショーに
なっていない場合は、お手数でも
リロードボタンを押して下さい。

上は墨田区(浅草がある台東区の
東隣の区)所蔵の

本所七不思議
錦絵です。

 浅草の隅田川を隔てた東隣の本所地区には、江戸時代に
本所七不思議といわれる   
 

 怪談・奇談がありました。★錦絵の不気味さとは対象的に、話の内容は全然怖くないのが残念です。
 
       
 本所七不思議の舞台となった場所は、現在のJR総武線 両国駅・錦糸町駅の周辺およびその北側です。 

 当時は、大川(現在の隅田川)を浅草から東側に渡ると、 住む人も少なく、夜は真っ暗闇で、ほぼ無人の

 諸大名・旗本の下屋敷や寺院や廃寺、葦の原が連なり、お化けや狐狸の類も活動しやすかった(?)

 のでしょう。


 @おいてけ堀  Aたぬき囃子  B送り提灯 

 C送り拍子木  D足あらい邸  E片葉の葦 

 F灯りなしの二八そば(消えずの行灯)

 
 そのほか、

落葉なき椎(おちばなきしい)
津軽の太鼓(つがるのたいこ)


以上2話を本所七不思議に含める場合も
あります。

           目次に





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 おいてけ堀

 一説に錦糸町駅北口の付近にあったといわれ、
 よく魚が釣れるところですが、夕方になって釣人が
 さて帰ろうとすると、
 何者かが堀の中から「置いてけ置いてけ」と呼ぶ。

 そのまま帰ろうとすると途中で必ず、
 釣った魚を失ってしまうといわれます。 

 このことから「置いてけ堀」の名が生まれました。 

 管理人補足:現在のJR錦糸町駅北口付近の錦糸堀と、
 江東区亀戸1−12区立第三亀戸中学校敷地内との
 二説があります。 
 江戸時代の古地図にもオイテケボリと書かれたものがあり、
 後者のほうがやや有力です。



 例えば、貴方がお手洗いに行っている間に、
 貴方がいないことに気づかずに友人たちが

 先に出発してしまったというような場合、
 よく
おいてけ(き)ぼりをくうとか
 
おいてけぼりにされるという表現を使うことがありますよね。

 その語源はこの「置いてけ堀」から来ているのです。



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たぬきばやし

 本所の人が夜半にめざめて耳をすますと、
 遠くあるいは近くから、おはやしの音が聞こえてくるの
 ですが、どこから聞こえてくるのかわからないということから
 七不思議のひとつに数えられています。





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送りちょうちん

 夜ふけに道を歩いていると、
 いつのまにか前方にちょうちんの火が現われる。

 夜ふけのこと、よき道づれと近寄るとパッと消え、
 また前方に現れる。

 なんとも薄気味の悪いちょうちんだということです。


 
 

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送り拍子木

 入江町の時の鐘は、
 大横川沿い北辻橋近くにありましたが、
 この鐘近くで夜回りをしていると、
 どこからともなく
 拍子木のカチカチという音が聞こえてきたということです。 


 管理人補足:現在の墨田区緑4−2付近



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 足洗い邸

 本所三笠町の幕府旗本の屋敷では
 毎晩不思議なことが起こりました。

 なまぐさい風が吹きぬけたかと思うと、
 激しく家鳴りがする。しばらくして、

 天井から「メリメリ」「バリバリ」と大きな音が聞こえる。
 その音と同時に、血にまみれた、

 大きな毛むくじゃらな足がニョッキリと現れ、
 吠えるような声で「足を洗え!」とどなる。 

 血のついた足をきれいに洗ってやると
 足はおとなしく天井へ消えていく。

 毎夜現れる足を洗っていたので、
 この屋敷をいつの間にか「足洗い屋敷」と呼ぶように
 なったそうです。   

 管理人補足:現在の石原4丁目付近



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片葉の葦

 本所藤代町の南側から両国橋の広小路に渡る
 駒止橋の下を流れる隅田川の入堀に「あし」が
 生い繁っていましたが、
 そのあしの葉は不思議なことにすべて一方だけ生えて
 片葉となっていたということです。

 (補足:その理由は、一人の悪漢がある女性に横恋慕し、
 それがかなわないとなると、女性の片手片足を切って、
 死体をその入堀に投げ込んだためといわれています。)



 管理人補足:現在の両国1丁目


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 灯りなしの二八そば (消えずの行灯)


 
灯りなしの二八そば

 本所南割下水近くに行灯のついていない
 無人の蕎麦屋の屋台があった。

 客が蕎麦を食べようと待つのだが、
 いつまでたっても主は来ない。 

 気をきかせて行灯に明かりを点けても、
 それもすぐに消えてしまう。

 結局、客はあきらめて家に帰るのだが、
 その後きまって凶事がおこったということです。


 
消えずの行灯

 本所南割下水近くに行灯がつきっぱなしの
 無人の蕎麦屋の屋台があった。

 客が蕎麦を食べようと待つのだが、
 いつまでたっても主は来ない。 

 店の主を待つ間、誰も給油していないのに
 店先に出している行灯の看板の油が一向に尽きず、
 いつまでも燃え続けているというもの。
 
 この灯をうかつに消したりすると、
 その後きまって凶事がおこったということです。

 要するに、他人の店の行灯を、
 勝手に点けたり消したりすると、祟られたという話です。

 管理人補足:現在の北斎通りの亀沢二丁目あたりから
 大横川親水河川公園のあたりまで。



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 本所七不思議は
 それぞれ現在の地図ではどのあたり? →
 




                          

 
浅草の北隣、荒川区・足立区の千住地区にも、
 本所七不思議とやや似た怪談・奇談の伝承が残っています。


                  

 


           目次に
 
   

 

 

当社周辺の怪談・奇談そして謎その二